スーパーカー列伝④ランボルギーニミウラ

またランボに戻ります。
ミウラです。
ミウラ
ランボルギーニは、
フェラーリを超える
ロードゴーイングGTを作ることを目的に、
もともとトラクターメーカーで成功した
フェルッチオ・ランボルギーニが設立した会社です。
ランボルギーニはただの夢追い人ではなく
以外と現実的な経営者でした。
もちろん車好きの親父ではあったのですが
車のビジネスには最後まで手を出さなかった。
しかし、自分が買ったフェラーリのできの悪さに
フェラーリに意見をしたと言うのは
どうも事実だったようですが、
世間で言われているようにそれで
相手にされなかったから意地で、
それより良い車を作ってやろう
というのはどうも作り話らしく、
クラッチ交換したら、自分とこの
トラクターと同じクラッチ(社外品)
を10倍の高値で供給しているのを見て
このビジネスに単純に可能性を見出したから
というのが事実らしいです。
それが証拠に、ランボルギーニはレースに出ません。
フェラーリはレース命、ロードカー副業
みたいな会社ですが、
ランボルギーニはロードカー命。
しかもどっちかと言うと
当初は地味なFRのV12搭載のスポーツカーを作っていました。
もしも意地でやっていたなら、
レースでフェラーリを打ち負かすことに
必死になっていたでしょう。
そんななか、ランボルギーニは1966年の
ジュネーブショーにまったく新しいスーパーカーを出品します。
車名はミウラ
これまでレーシングカーでしかありえなかった
ミッドシップのロードカーです。
ミッドシップにV12を搭載することは
レーシングカーならともかくも、
居住性や、快適性を確保しなければならない
ロードカーにとっては、かなり厳しい条件です。
ミウラは、長大なV12エンジンを
横置きに搭載することで、エンジンルームをコンパクト
にすることにチャレンジしました。
デザインは、ベルトーネに在籍していた
ジウジアーロが途中までやって、その後はガンディー二とか
いろいろいわれています。
全体のシルエットは非常に流麗なのですが、
ヘッドライトの睫毛など、かなりあくの強い
デザインになりました。
さて、このミウラ、その斬新なデザイン、
そしてロードカーでV12のミッドシップを
搭載したということもあり、
当のランボルギーニ親分は
「どうせそんな車は売れないからな」と
語っていたらしいですが、なかなの評判を確保、
商売敵のフェラーリがそれまでFRのロードカーしか
作っていなかったのが、本気になってミッドシップの
ロードカー(365BB)を作ったと言うぐらい、
センセーショナルなモデルだったのです。
ただし、そのできばえは、軟弱なシャーシ、
トリッキーなハンドリングなど、さまざまな問題を抱えており
最終型のSVにいたっても完璧な改善をすることは
できなかったようです。
当時のランボのチーフテスターのボブ ウォレスは
「ミウラはいろいろ問題があったが、カウンタックは最初から完璧だった」
との言葉を残しているようですが、ミウラがいろいろ問題を
抱えていたからこそ、カウンタックのような、一からつくり直したような
モデルが次期モデルとして発表されたのでしょう。
それにしても、ミウラ、365BB、ランチアストラトスと
フロントのカウル、リヤのエンジンフードの開き方が同じ
そして、ミウラと、ストラトスはエンジンが横置き。
(どっちもベルトーネ)
なんですよね。
お互いいろいろ意識があったのでしょうね。
ミウラはその後、その独創的なデザインが評価され
とりわけイラン国王パーレビが所有したミウラが
そのすばらしい仕上がりから
各国のコンクールで高い評価を得たりして
クラシックカーとして価値が認められる車になりました。
私は初期モデルのミウラSしか見たことありませんが、
古典的なサウンドを残して走るミウラはなかなk
かっこいいと思いました。
スーパーカーブームよりちょっと前に
登場したミウラですが。個性的ですばらしいスーパーカーですね。
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