カーライフ小話8 幻のゴルフ開発計画

こんにちは

私のような
エキセントリックなカーマニアというのは
どうも斬新な機構とかメカニズムに
目を奪われるのですが
往々にして、自動車ってのは
「枯れた」技術、いわゆる
信頼性の高い、オーソドックスな技術で
作られるほうが、安くて信頼性が高く
良い車であったりするものです。
そういうわけで、革新的な技術は
引き継がれず終わってしまうものです。

たとえばトヨタの天才卵のキャッチフレーズで
有名であった初代エスティマ。

こちらはアンダーフロア横倒し縦置き
ミドシップという革新的なレイアウト

そのためにエンジン開発に膨大な
費用を要したといいます。
社内では
「エンジンを倒すのはいいが、
会社を倒さないでくれ」と揶揄されていたとか。

膨大な開発費をまかなうためか、
初代エスティマは延年と作られ続けましたが、
結局直4しか搭載できないことが仇となり
そのあとのモデルは普通のFFになってしまいました。

久々に前置きが長くなりました

本日のお題はフォルクスワーゲンゴルフが
このアンダーフロアミッドシップのポルシェ
設計で出たかもしれないというお話です。

1960年代フォルクスワーゲンは
そのベストセラービートルをどうするのか
いい加減考えねばならない時期に来ておりました。

そりゃそうですよね。
基本設計はなんせ戦前ですから。

そしてこのビートルには
1台あたりポルシェにライセンス料を
支払いするという、ポルシェに
とっても大問題があったんです。

当時の社長
ハインリヒ・ノルトホフは、この
ポルシェ・ワーゲンの蜜月関係を
維持すべく、

ビートルの後継車を、再び
ポルシェに委託することを決定します。

当時のフォルクスワーゲンは戦後の
焼け野原からスタートしたとき
とはわけが違います。

自社開発能力があるにもかかわらす
ポルシェとの関係を維持しようとしたのです。

設計の取りまとめをしたのは
ご存知 フェルディナンド・ピエヒ
ポルシェ博士の孫です。
おじいちゃんの名前をもらってるぐらいですから
天才技術者なのです。

ピエヒはワーゲンにあっと驚く提案をしました。

小型車にとって一番邪魔になるエンジンを
なんと、リヤシートの真下に横倒しにして収め、
フロントとリヤにトランクルームがあるという
画期的な試作車EA266を提案したのです。

ミドシップ、エンジンを横倒しにしたことに
よって、低重心、そして操縦性の向上も図ろうという
野心的なモデルでした。

フォルクスワーゲンは、このモデルを
本気で生産使用としていたようで
量産寸前まで、テストを繰り返し
ほぼゴーを出す寸前だったようです。

しかし、フォルクスワーゲンのノルトホフは
1968年に急死。

後を引き継いだ社長は、
EA266が生産性が低く、
整備にも手間がかかるという事実をつかみます。

そこで新社長は、
関連会社アウディーのパワートレインを流用した
安く作れる車の開発を進め、
ポルシェのEA266の契約を破棄するのです。

その後、ポルシェは同属経営の弊害を廃すると
いうことで、ピエヒも追い出され、

ワーゲンから入ってきた莫大なライセンス料も
手に入らなくなって、
苦悩の70年代を迎えるのです。

それにしても、1960年代この車が
世に出ていたら、どうなっていたでしょうかね。
フロントにエンジンが無いため、衝突安全に優れ、
ハンドリングもすばらしかったと言われています。

これが小型車の標準になっていたら
なんて夢想しますが、
整備はどう考えても
大変そうですから
そうはならなかったような気もします。

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EA 266.4

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