スーパーカー列伝76 アルファロメオスパイダー

こんにちは

私の勝手な説かもしれませんが、

ポルシェ911的スタイル変遷というのがありまして。

ようするに長くデザインが変わらない車
のスタイリング変遷(変遷してないのかも)
の一例です。

たとえば、この手の変遷は
ジャガーXJ-6とか
MG-Bとかでしょうか

ジャガーXJですと
シリーズⅠあたりが911のナロー
シリーズⅢあたりがビッグバンパー
XJ-40が964
X-300が993

とかね。

その一例として、このアルファスパイダーもこの好例です。

まずナロー

1966年にスパイダーデュエット1600として登場します。
スタイリストはピンニファリーナを率いるバチスタ・ファリーナ
彼が手がけた最後のプロジェクトです。

このデュエットですが、
じつに美しい車ですね。

バンパーをインテグレートされた
グリル。

そして空力の良さをアピールするような
アクリル製のヘッドライトカバー。

そして、恐るべき長さのリヤオーバハングと
なだらかな曲線を描くボートテール。

サイドには、彫刻のように、掘り込まれた
ラインがフロントからリヤを貫いています。

60年代の古典的なラインと、
フロントからの眺めはなにやら
モダンな雰囲気もあります。

このデュエットは
なんと1300CCのジュニアと言う廉価版
がありまして。

ダスティン・ホフマン主演のあの名作
「卒業」では、彼の劇中の愛車として
登場します。

しっかし、いかに廉価版とはいえ
大学出たばっかの若造にアルファの
スパイダー購入してやんのかよ。

と突っ込みたくなりますが、
60年代のアメリカは豊かな国だったのでしょうね。

さて続いて930

1983年、スパイダーは大きなマイナーチェンジを
受けます。

あの優雅なボートテールはどーんと切り落とされ、
(1970年にすでに切り落とされていたのですが)
大型のリヤコンビネーションランプを装着
フロントの美しいバンパーは
一体化された、普通ーの横一文字のものに
なります。

たぶんにアメリカ市場を意識した変更でしょう。
その後も、当時流行したエアロパーツ
(樹脂製の真っ黒い無粋なやつ)
が取り付けられ、エンジンを2リッター
に拡大したクワドリフォリオヴェルデなど
のモデルが追加されます。

そんでもって最後964(993かな)

90年代に最後の大変更。

統一感のないバンパーエアロパーツなどは
とっぱらって、ボディーと同色で美しく仕上げ、
レザーとアルカンタラの豪華な内装
をしつらえ、念願のパワステ採用。
インパネも豪華になりました。

そして、ついにオートマ(3速だけど)
も選択できるようになりました。

このころになりますと、
1960年代からほとんど進歩していない
足回り、そして古典的なエンジン

などとあいまって、
スポーツカーというよりは
1960年代を現代でも味わえる
タイムマシーン

に近い存在になってましたから、
この変更は妥当なものだったでしょう。

さて今をさかのぼること20ウン年前

中古外車を本気で購入しようと思っていた
私。

このスパイダー欲しいなあと
思いました。

お値段もがんばれば何とか
と言うレベルだったと思います。

見に行きましたよ仙台某所の
K自動車。

ぽつねんとおかれていた
アルファスパイダーはなんとなく
生気を失ったような感じで
そんなに古いモデルではなかったと
思うのですが、どうもあまり
程度も良くなかったように思います。

バッテリーも「上がってて当然」
見たいなお店の方の対応で

エンジンをかけさせてももらえませんでした。
期待はずれ感をもった私は断念しました。
当時露天保管の駐車場しか
なかった私にはたぶん、購入しなかった
ことは正しい判断だったでしょうね。

10年ぐらい前はたまーに80年代の
無粋なエアロがついたモデルとか
こぎれいな最終型とかみかけたもんですが、

今はマジなクラシックカーイベントとかで
デュエットにしか会えなくなりつつ
あるような気がします。

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スーパーカー列伝75 マセラティーカムシン

こんにちは

70年代中盤のマセラティーのフラッグシップ
であった<カムシンのお話です。 マセラティーカムシンは 以前このシリーズでも取り上げました ギブリの後継という位置づけでも あった車です。 エンジンはマセラティーが誇る V8 5リッター。 こちらもギブリSSからのキャリーオーバでした。 ギブリがの利やサスはリジットでしたが、 カムシンは、ダブルウイッシュボーン。 サスペンションも改められていました。 そして、2座だったギブリから カムシンは小さいながらも後部座席を 備える2+2. スーパースポーツはボーラという存在も ありましたから、 どちらかといえば、豪華なGTという 位置づけだったのでしょう。 デザインは、ギブリでは、カロッツエリアギアの チーフスタイリストであった ジウジアーロでしたが、 今度はベルトーネに託されました。 ということはまたしてもガンディーニですね。 ガンディーニは、カムシンに シャープなウエッジシェープの直線的な デザインを与えました。 ボンネットには、左右非対称のルーバーが 切られています。 そして、特筆すべきは、ガラスをはめ込まれた リヤパネル。 これにより、スーパーカーとしては望外に 後方視界が良い車になりました。 たしかにかっこいいのですが、ラゲッジ スペースが丸見えですので 生活臭あふれるものとかは トランクに積めませんね。 マセラティーの定評あるエンジンを搭載し、 新進気鋭のスタイリストが アバンギャルドなボディーを与え、 名スーパーカーの条件を満たしている と思われるカムシンでしたが、 ここに思わぬ敵が現れます。 親会社だ。 当時のマセラティーは シトロエンと提携しておりました。 そのため、シトロエンが誇る ハイドロシステムが カムシンにも組み込まれていたのでした。 ブレーキはシトロエンを思わせるような パワーブレーキ。 加えて、お得意のパワーセンタリング ステアリング。 ハンドルを切ればあとは放せば もとにもどるというやつ。 そのほか、シートの前後 ウインドーの上下 リトラクタブルの上下 などにもハイドロのパワーが 生かされていたのでありました。 まあ、新世代のスーパーカーとして まあ、これらの機構は新鮮味を 与えていたのかもしれませんが これらの油圧を維持するために コンプレッサーをエンジンパワーで 回していたため、 かなりのパワーロスがあり 5リッター320馬力という パワーが額面どおりに受け取れない という代物になってしまいました。 加えてハイドロの高圧によって 経年変化によって、オイル漏れが 発生。 これらの修理には大変な費用を 要したといいます。 またセルフセンタリング、パワーブレーキなども 走りに悪影響を及ぼしていましたし、 かなり重い車両重量 (1.5トン超)というのも利いていました。 なんせ、手で板金したパネルの表面に ポリパテを分厚く塗って それを磨いて平滑にする というのが当時のスーパーカーの セオリーでしたので、 当然重くなるのです。 まあ、重量に関しては他のメーカーより マセラティーが正直だっただけ かもしれませんが。 結局のところカムシンは 1974年のデビューから、 デトマソに経営権が移っても 細々と1982年まで生産が継続されましたが オイルショックや、ハイドロシステムの 信頼性の低さからわずか420台あまり が生産されたに過ぎません。 国内にも何台か残っているようですが、 ハイドロや、ミッションの整備は コストがかかり、修理できずに 不動車となっているケースも 多々あるようです。 お値段も安いのですが、 それ以上に高くつく 危険なスーパーカーなのです。 それにしてもこのスタイリング かっこいいですよね。 ハイドロなしで出してくれれば どんなにか良かったかと 思うのですが。 khamsin_1

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スーパーカー列伝74 フェラーリディーノ 308GT4

フェラーリとDINOのダブルネームだった
4座フェラーリ。

308GT4です。

この308GT4はフェラーリにとって
異例ずくめの車でありました。

まず。

初のミッドシップ4座

初のV8エンジンを搭載。

そして、なんと、

デザインをベルトーネに依頼

そうなんです。
この車はピニンファリナではなく

かのマルチェロガンディーニが
デザインした車なのですね。

以前にも申し上げましたが

フェラーリはV12エンジン搭載車以外は
フェラーリと呼ばない。

と言う社是を掲げておりましたから、
V6エンジンを搭載していた、206,246は
DINOというブランドで販売しておりました。

この308GT4もその先例にしたがい

この車も当初はDINO308GT4とネーミングされていました。

しかしどうした理由か、登場から2年後の1975年には
フェラーリディーノ308GT4となり、
その後DINOもどこかへ消えてしまったようです。

異例ずくめのこのベイビーフェラーリは
基本的には、246GTのホイールベースは2550に
延長したもので、
3リッターのV8エンジンをもってしても
運動性の低下は免れることはできませんでした。

2座のベイビーフェラーリのポジションは
1975年の308GTB/Sの登場を待たねば
なりませんでした。

この車の登場には、他社の4座ミドシップ
マセラティーメラク、そしてランボルギーニウラッコ。
加えてポルシェ911の存在が大きな影響を与えていたもの
と想像できます。

このV8エンジンは、後にフェラーリの308に
移植され、V8フェラーリを登場させ、
フェラーリの生産台数を
大いに増大させることになるのですが、

どうも308GT4そのものの売り上げは
ぱっとしなかったようです。

やはりそれは、運動性能の低下と
ベルトーネの直線基調のスタイリングが
どうもフェラーリらしくないと
市場から受け止められたからのようです。

1973年から1980年まで
とうとう、またピニンファリーナにデザイン
を依頼した4座ミドシップ
モンディアルがとうじょうするまで
2700台あまりが生産されたといいますが

リーマンショックの前ごろまでは
中古車の人気も低く、
「最も安く買えるフェラーリ」
だったのですが、

車そのものが、最も新しくても
40年近く経過していることから
次第に玉数も少なくなり、

マルチェロガンディーニの
直線基調のデザインが
70年代のスーパーカーらしい
と見直され、

近年はコレクターズアイテムとみなされるように
なってきているようです。

V8でもフェラーリとよばれるようになる
いわば過渡期にうまれた
この308GT4ですが、
私はなかなかカッコ良いと思います。

実用性と運動性を両立させた
スーパーカーは
70年代の過去に考えられた
未来の車だったのかもしれません。

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カーライフ小話7 現代ースーパーカー群像

こんにちは

最近友人のスーパーカーの嫁ぎ先の選定
についてちょっとしたお手伝いをしております。

某オークションサイトや、
中古車サイトなどの値段をチェックしても、
価格は「応談」だったりして、
相場観はあってなきが如し
と言う感じです。

車に関しては、かなりのお尋ねをいただき
長くお電話でお話させていただいた方も
いらっしゃいました。
その方に伺ったところでは、
昨今の新興国でのこの種の車への需要は
一段落したようで以前のような高値での取引は難しく
なりつつあるようですね。

確かに1000万というような価格は
よほどヒストリーがしっかりしていて、
オリジナル性が保たれた固体
でないと、そのような値段には
ならないようです。

まあ、言ってみれば、「昔に戻った」
のでしょうね。われわれ車好きにとっては
ありがたい話です。

話はかわりますが
先日1990年代のゲンロクという雑誌の
古本を入手いたしまして
ちょろっと眺めてみました。

まず表紙。

気恥ずかしくなるようなグラビアギャルが
表紙でセクシーなポーズを取っておりまして。
私のようなおっさんにはちょいと
恥ずかしい。(笑)
さっさと本を開きましょう。
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この当時の自動車雑誌は
広告が豊富ですねえ。
こちらはあのアートコーポレーションの広告
すごい。タワーにスーパーカーが納まってます。
(改装中みたいですが今でもあるようですね)
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とくに中古車、または新車の
広告が出てきています。
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お値段はこんな感じだったのですね。
F40の新車が6500万円
288GTOが4800万(新車並行)
512TR新車が2750万
テスタロッサ88 1600万
テスタロッサ86 1380万(中古)

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時は1992年
このころ1991年の暮れに24000円ほどだった日経平均は
あれよあれよいうまの下落を続け、8月には15000円を
割り込んでしまいます。

1989年の大納会で39000円近くをつけてますから
半額以下ですね。
1989年から3年、いつかは回復すると思われていた
株価は、回復しないということが明らかに
なってきたころでしょう。

車もそうでしたよね。

F40が2億円、
テスタロッサが5000万円。

そんなにするわけないのですが、
バブルと言う魔物は、それらを正当なもの
と思わせるわけです。

そのころに比べると
大分まともな値付けな気がしますが
ここまでくるには死屍累々でしょうね。

翻って現代
テスタロッサいまだに1000万円台という強気の価格を
掲げているところもありますね

これを見て、

1992年代に1380万で
いまでも1000万で売れるんなら

「相当お買い得」

と思われるでしょうか。

もちろん、その間車を持って楽しむ
所有価値を満喫すれば
たった380万の減価は
取るに足らないかもしれませんね。

しかし。私
今回お手伝いをするにあたり
多くの整備内容の明細を
見させていただきました。

その額は半端なものではありませんでした。

やはり、この種の車を維持して
所有価値を満足させることはは
生半可な情熱ではできない
ことだと思います。

フェラーリは結局値落ちしないから
お得という話をよく耳にしますけど。

それは、「高値掴みしていない」
ということと、「オーナーがー情熱を持って
その価値を維持する」という二つの
条件がなければ、成り立たない
ことだと思うのです。