カーライフ小話13 書類とってますか

 

こんばんわ

今日はたまたま、うちのポルシェをガレージから出してみました。

エンジンはたまに始動してますけど

最近、あんまり動かしてませんでした。

車止めてみて、車検証入れなど

取り出して、

購入したころのことや、

いろいろ修理したこと

パーツを個人輸入したこと

などなど、

いろいろ思い出してみました。

最近車を購入したころ知り合った友人が亡くなったり

当時の車を売却された方などもいらっしゃって、

私自身もあのころ、ポルシェに乗り出して

とても新鮮だったころの気持ちを

忘れつつあったので、こうした

書類を見直してみると

当時どんな気持ちで車に向き合って

いたのかを思い出す良い機会となりました。

私はどっちかというとあまり

几帳面な方ではないので

書類とかも結構適当で

全部取っているわけではないのですが、

車もある程度古くなってきますと

これらの整備記録

その他、部品の発注の記録等

このようなものが、思わぬ価値

を生み出すこともあるかもしれません。

骨董品の類であっても、

鑑定家、好事家などが

その品について、肯定的な記載をすれば

その品の価値がが高まるように、

我々も車を愛好していた証として

記録を残すことは、

決して無意味ではないと思うのです。

私が自分のポルシェを発注したのは

今から13年前でしたが、

当時110万円だったようです。

それから時が流れ、

もはや車歴は40年に達しますが

価格はその額では済まないでしょう。

ことほど左様に、古い車というのは

突如として、その価値が見直されるものです。

まして、新興国経済の発展による

中産階級の増加は、

古くてもコレクターズアイテムと

なりうる車は、需要は(浮き沈みあるにしても)

増えていくものと思います。

みなさん、車は乗って楽しむため

購入されていると思いますので

転売して儲けるのが主目的では

ないと思いますが、

やはり、ある程度記録を残しておくことは

その車の価値を保ち

次の世代へ、引き継いでいく

という観点から、

有効な手段だと思うのです。

私はといえば、

記録を読み返して、この車にかかわって

いただいた皆様からのご恩、ご縁等

振り返ってみたり、

10年も前の若かりし自分が

どのように、車に情熱を傾けていたのか

とか、振り返る良い機会となりました。

たかが書類されど書類。

保管していくことは

無駄ではないのかなと思います。

データー

カーライフ小話12 三菱ブランドは消えるのか

こんにちは

すでにご承知のことと思いますが、

三菱自動車工業に、日産が2000億の

出資をすることが発表されました。

 

日産は三菱の株式の34パーセントを保持し

事実上三菱自動車工業は

日産自動車の傘下に入ることになります。

 

三菱ってのは、よく調べてみましたら

日本でもっとも古い乗用車のブランドなんですね。

私はダットサン1号車(ダットサン11型)

が純国産の初めての乗用車だと思っておりましたが、

実は三菱A型のほうが古く、日本で始めての量産

自動車とされているようです(とはいえ22台だけ)

 

戦後はクライスラーとの、三菱重工業との合弁会社として

スタート。

 

三菱は、トヨタ、日産に比べて、丈夫だという

定評がありました。(値段も少し高かった)

 

 

他社とは違うロングストローク型のエンジンを

採用して、スペック重視ではなく、

実用領域のトルクを重視する思想がありました。

 

たとえば

70年代のホットモデル

GTO 2000GSRに搭載されていた

アストロン4G52

SOHCで

ボア82、ストローク90というロングストローク

125PS/6200rpm 17.5kg・m/4200rpm

というスペック。

 

それに対しトヨタの18R-G

セリカリフトバックなどに積まれて大人気でしたが

こちらは

DOHC

ボア88.5ストローク80.0

で145ps/6,400rpm、18.0kg・m/5,200rpm

というスペック。

 

どっちにするかって思いますけどね。

方やツインカム、方やシングルカムのツインキャブ。

スペック見たら18R-Gかなと思いますが。

 

実用域のトルクがぜんぜん違っていたらしいですね。

走ると早いのは断然GTOの方だったようです。

 

そんなまじめな車作りが花開いたのは80年代。

 

世の中は、省資源時代の高性能化デバイス

ターボ花盛り。

もともと三菱重工との関係が強いですから、

ターボをグループ内で自製するのなんてお手の物。

 

他社が外注のターボチャージャーを取り付けて

いたときに専用設計のターボを取り付け、

「フルラインターボ」を標榜し宣伝します。

 

そしてその丈夫さをアピールする

ラリーでの活躍もありました。

古くはランサーの活躍。

そして、全国民が涙した、

パリダカールラリーでの「パジェロ」の優勝

サラリーマンドライバー

篠塚建次郎氏の活躍。

あれがなければ

悪路を走破するのを目的とした

クロカン四駆が、あれほど

ファッショナブルなものとして

市民権を得ることはなかったのでは

ないでしょうか。

 

そして、最近では

毎年のように進化する

ランエボのWRCでの活躍など、

日本メーカーのなかでは独自の色を

出していました。

そして、極めつけはあのGDIですね。

 

直噴エンジンをいち早く開発して、

全車に搭載。

トヨタ、日産を驚かせたこともありました。

 

事実、三菱は日本のビッグスリーの一角で

あったこともあるわけですからね。

 

それにしても、あのリコール隠し以降

三菱の開発力は衰えてしまった

といわざるを得ないでしょう。

 

もはや自動車はある程度の数がみこめないと

開発費をまかなえない巨大な

産業になってしまったのですから

もはや小メーカーに成り下がった

三菱には苦しかったのも事実だと

思います。

 

三菱はどうなるのか

私のも良くわかりませんが、

やっとあのリコール隠しの傷が癒え

すこしづつ回復に向かっていたところで

のこの背信行為は

消費者は許さないのではないかと

思います。

三菱はおそらく、日産の

軽自動車生産部門として

何とか生き残り、

普通車・小型車は、ブランドバリューのある数台

(パジェロぐらいかな)日産のなかに何台かがのこる

 

そんな風になるように思います。

 

これを契機として、

日本の自動車業界の再編がスタート

していくのかもしれませんね。

 

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カーライフ小話 11 音速の貴公子 アイルトンセナ

こんばんわ

 

90年代「音速の貴公子」とよばれた

アイルトン・セナの、本日は命日だそうです。

 

昨日音速の彼方へ アイルトン・セナという

ムービーを見ました。

彼の命日が翌日というのは全く、記憶していなかったのですが、

 

80年代末から90年代半ばまで、

主にフジテレビの功績かもしれませんが、

これまで一部のマニアのものであった

F1が爆発的な人気を得るように

なりました。

 

テーマソングはスクエアのトゥルースでしたね。

 

その真実という意味があらわしていたのは

ドライバーの実力、そして車の出来不出来、

それらをすべて総合して、

優劣を競う、それこそが真実のレース

だったのかもしれませんけど、

 

昨日見た、ムービーの内容からは

そうした真の実力ではない、

政治の世界が垣間見られました。

 

アイルトンと当時実力を競い合った

アラン・プロスト。

かれはフランス人。

ヨーロッパの勢力が強い

F1の世界で、着実なドライビングで

確実にポイントを重ねていく彼と、

毎回ポールポジションをとって

常に優勝を狙うアイルトンは

新興国ブラジル出身のレーサーでした。

 

アランには、卓越したドライビングテクニックと

年間を通して、チャンピオンになるための

ポイントを重ねていくというクレバーな

選択ができるドライバーでした。

 

しかし、それには、FIA会長である

ジャン・マリー・バレストルとの親密な

関係という政治力がバックにあったのですね。

 

わたくしはF1人気絶頂のころ、

その当時、ホンダとも親密な関係であった

アイルトンへの、絶大な人気に

違和感を覚え、

安定したレースで着実にポイントを重ねる

「プロフェッサー」プロスト

のドライビングに共感を覚えた

ものでしたが、

今にして思えば、

新興勢力にして、天才アイルトンは、

その政治力のなさを鑑みれば

プロフェッサーのような

勝ち方はできなかったのかも

知れない、

そして、勝ち続け、頂点を極めるためには

多少ドライビングが乱暴だとか

いろいろ揶揄されても

常に、チャンスを見つけてチャレンジする

という姿勢が必要だったのかもしれません。

その点で、当時、恐るべき勢いを持つ

日本の新興勢力、ホンダとの

コラボレーションは必須だったのかも

しれませんね。

 

3度のワールドチャンピオンを獲得し、

名声をほしいままにしたアイルトンでしたが、

自分のキャリア絶頂の時期を

よりよく過ごすことには

きわめて貪欲でした。

その旬の時期は短いことを

知っていたのですね。

切望していた、最高のチーム

ウイリアムスに待望の移籍を

果たすのですが、

そのときウィリアムスには

前年までの優位を確立していた

トラクションコントロールも

電子制御サスも奪われた

ナーバスなマシンしか残っていませんでした。

 

いまだなぜ彼がサーキットで命を

落としたのかは諸説ありますが、

偉大なレーサーが、

安全でないマシーンに乗り込んで

亡くなってしまったのは

本当に残念なことだと思います。

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カーライフ小話10 バブルの申し子 レイトンハウス

こんにちは

 

レイトンハウスってご記憶でしょうか?

1980年代後半

レースシーンを彩った

あの水色というか緑というか

 

独特のカラーリングのマシーンで

レースに出場していたレイトンハウスです。

 

レイトンハウスのカラーリングの

アパレルを展開していたので

私は、ファッション関係の会社なのか

と思っておりましたが、

 

実はそうではなかったようです。

 

レイトンハウスは

丸晶興産という不動産会社が作ったのですね。

同社は、オフィスビルをはじめゴルフ場の経営

などで、成長している企業でした。

照明器具落下事故で一躍有名になった

ディスコ「トゥーリア」も経営していたんです。

 

丸晶興産は1984年から

レーシングチームのスポンサーになっていたのですが、

その当時は丸晶興産、もしくは子会社のメーベル商会

名義でスポンサーしていました。

 

しかし、レースという華やか世界に

不動産業者丸出しの

「丸晶興産」という名前はダサい。

と同社の女子社員がいいだしたとかで

イギリスのロンドンの地名「レイトン」を

拝借し、それにハウスをくっつけて

「レイトンハウス」というブランド名を

考案したそうです。(結局子会社の社名を変更)

この「レイトンハウス」でスポンサーをする

ということになったとき

トムスの舘 信秀社長は

「レイトンハウス」ってなんすか?

と尋ねたらしいですがそのときの

丸晶興産の代表赤城明は。

「いやまだ実体はないんですよ、これから作りますから」

といったというんだから、すごい話です。

ついでに申し上げますと、このレイトンハウスを

象徴するようなこの緑とも水色ともつかぬ

鮮やかなカラーは

ホンダシティーカブリオレの

「マイアミブルー」を拝借して

レイトンブルーと称していたというんだから

、言ってみればまあ、みんな借り物みたい

な状態だったわけですね。

 

しかし、時は日本経済絶好調。

「これから作るんですよ」の言葉のとおり、

レイトンハウスはレース活動とあわせて

アパレル事業を着実に展開。

一時は年商20億までいったし

かの高級ブランド

HUGO BOSSまで買収

したってんだから、たいしたもんですよね。

国内でもF3、F2 F3000とステップアップして

 

1987年にはイギリスの名門

マーチと組み、レイトンハウス・マーチレーシングチーム

としてF1に進出。

1989年についにマーチを買収して、

レイトンハウスレーシングチームを結成するまでになりました。

 

不動産のほうも、このレイトンハウスの

ブランドを生かして、「レイトン」を冠した、

高級マンション、ホテルなどを展開。

アパレルブランドが、レースのスポンサーを

して、商品展開するならわかりますが、

もともと何もない(不動産で儲かっていたとはいえ)

状況から、レースとともにアパレル部門を成長させ、

そしてレーシングチームとしてもステップアップ

していくという、まれに見る組織だったのですね。

 

飛ぶ鳥を落とす勢いでしたが、

代表者の赤城氏が、

富士銀行の不正融資事件で逮捕

バブルの崩壊とともにF1からも撤退。

その後もレイトンハウスは事業を

継続したものの、ついに1998年破産宣告を受けて

破綻します。

 

その後レイトンハウスのブランドは

某企業に買収され、

2015年より、アパレルブランドとして

あのレイトンブルーの商品を展開

しているようです。

 

あの、バブルを彩った、レイトンブルに

包まれて、

あの時代の空気を再び

感じてみるのも一興かも知れませんね。

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カーライフ小話9 テスラモーターズ

こんにちは
次々と電気自動車の常識を
打ち破るモデルを世に送り出している
テスラモーターズですが、
ニューモデル モデル3の予約販売をはじめております。
15万円の予約金が必要にも
かかわらず好評だという話です。
現在のレートで400万円ほどで
手に入る手ごろな価格設定も功を
奏しているようです。

今度のモデルは、追々自動運転も視野
に入れているそうで、
プログラムのアップロードにより、
実現するのだそうです。

テスラモーターズは、一番最初
のモデルはロードスターの
スポーツタイプでした。

こやつはなんとシャシーは
ロータスに頼んでいたのですね。

バッテリーやモーターも他社から
の供給ですので、

テスラは企画だけ見たいな状態では
ありましたが、このロードスターは
「電気自動車=遅い」のイメージを
打ち破ることに成功しました。

なんせ、モーターは内燃機関と違いまして
最低回転から、猛烈なトルクを
発生しますから、
これまでの内燃機関の車の加速とは
わけが違いました。

このロードスターの成功で、
本格的な乗用車モデルSと
クロスオーバータイプモデルXを自社開発
することになります。

当時の自動車業界はどん底の大不況で、
ビッグスリーから優秀な技術者が流出
したのも幸いしました。

このタイプSも同様に
「電気自動車=遅い」のイメージをうちやぶることに
命を懸けていたようで、
一番パワーのないモデルでも
5リッターV8なみのパワーを
有しているそうです。

今回出されたモデル3についても
「電気自動車=遅い」のイメージをうちやぶることに
は意を注いでおり、

なんと0-100キロ加速は6秒を切るそうです。

卑近な例で恐縮ですが、

私所有のポルシェ911カレラ3.0は
0-100キロ加速は6.3秒とのデーターがあります。

テスラモデル3は車齢40年近いポルシェなど
ものともせず、シュルシュルシュルと
抜いていくのです。

さて、一方で、
このような大パワーの弊害として、
ドデカイモーターと
ドデカイバッテリーを搭載した、
テスラは

実は「相当重い」

そうでして、非公表ながら、

現行モデルのタイプSは
車両重量が2.2トンを超える
との話もあるようです。

車格がぜんぜん違いますが
日産のリーフは1.4トン程度
ですので、かなり重いということが
お分かりいただけるかと思います。

今回の「スピードフェチ」のタイプ3は
果たしてどのぐらいの重量で出てくるか
非常に興味深いところです。

ところで
昨日聞いた話なのですが、
このテスラの代表者である
イーロンマスクという人物は
スペースXの代表者でもあるのですね。

テスラのことは知っておりましたが
不勉強にもどういう人が経営しているのか
知りませんでした。

このスペースXですが、
ロケットによる商用輸送サービスを
手がける企業でして、
つい先ごろ、なんとロケットの
垂直着陸に成功した企業です。
SFのように逆噴射しながら
着陸することに成功したわけでしょうか。

なんで電気自動車の会社と
宇宙への商用輸送の会社を経営しているのかと
いうと、

地球上の人口増加は避けられない

地球上の人間を宇宙に移送しなければならない時がくる(スペースX)

それまでは、地球上のモビリティーを持続可能性あるものにしなければならない

とりあえず内燃機関の車は排除しなければならない

まずは可能性のある電気自動車(テスラ)

という図式だというのですね。

いやはや。

日本は大企業、国をあげて、
日本の重要産業である、自動車産業を
守るべく、

自動運転だ、燃料電池車だ
と次のデファクトスタンダードを
とるのに躍起になっておりますが、

こういうでかいことを考える経営者に

本当に勝てるのだろうかと
一瞬不安になる話でありました。

 

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カーライフ小話8 幻のゴルフ開発計画

こんにちは

私のような
エキセントリックなカーマニアというのは
どうも斬新な機構とかメカニズムに
目を奪われるのですが
往々にして、自動車ってのは
「枯れた」技術、いわゆる
信頼性の高い、オーソドックスな技術で
作られるほうが、安くて信頼性が高く
良い車であったりするものです。
そういうわけで、革新的な技術は
引き継がれず終わってしまうものです。

たとえばトヨタの天才卵のキャッチフレーズで
有名であった初代エスティマ。

こちらはアンダーフロア横倒し縦置き
ミドシップという革新的なレイアウト

そのためにエンジン開発に膨大な
費用を要したといいます。
社内では
「エンジンを倒すのはいいが、
会社を倒さないでくれ」と揶揄されていたとか。

膨大な開発費をまかなうためか、
初代エスティマは延年と作られ続けましたが、
結局直4しか搭載できないことが仇となり
そのあとのモデルは普通のFFになってしまいました。

久々に前置きが長くなりました

本日のお題はフォルクスワーゲンゴルフが
このアンダーフロアミッドシップのポルシェ
設計で出たかもしれないというお話です。

1960年代フォルクスワーゲンは
そのベストセラービートルをどうするのか
いい加減考えねばならない時期に来ておりました。

そりゃそうですよね。
基本設計はなんせ戦前ですから。

そしてこのビートルには
1台あたりポルシェにライセンス料を
支払いするという、ポルシェに
とっても大問題があったんです。

当時の社長
ハインリヒ・ノルトホフは、この
ポルシェ・ワーゲンの蜜月関係を
維持すべく、

ビートルの後継車を、再び
ポルシェに委託することを決定します。

当時のフォルクスワーゲンは戦後の
焼け野原からスタートしたとき
とはわけが違います。

自社開発能力があるにもかかわらす
ポルシェとの関係を維持しようとしたのです。

設計の取りまとめをしたのは
ご存知 フェルディナンド・ピエヒ
ポルシェ博士の孫です。
おじいちゃんの名前をもらってるぐらいですから
天才技術者なのです。

ピエヒはワーゲンにあっと驚く提案をしました。

小型車にとって一番邪魔になるエンジンを
なんと、リヤシートの真下に横倒しにして収め、
フロントとリヤにトランクルームがあるという
画期的な試作車EA266を提案したのです。

ミドシップ、エンジンを横倒しにしたことに
よって、低重心、そして操縦性の向上も図ろうという
野心的なモデルでした。

フォルクスワーゲンは、このモデルを
本気で生産使用としていたようで
量産寸前まで、テストを繰り返し
ほぼゴーを出す寸前だったようです。

しかし、フォルクスワーゲンのノルトホフは
1968年に急死。

後を引き継いだ社長は、
EA266が生産性が低く、
整備にも手間がかかるという事実をつかみます。

そこで新社長は、
関連会社アウディーのパワートレインを流用した
安く作れる車の開発を進め、
ポルシェのEA266の契約を破棄するのです。

その後、ポルシェは同属経営の弊害を廃すると
いうことで、ピエヒも追い出され、

ワーゲンから入ってきた莫大なライセンス料も
手に入らなくなって、
苦悩の70年代を迎えるのです。

それにしても、1960年代この車が
世に出ていたら、どうなっていたでしょうかね。
フロントにエンジンが無いため、衝突安全に優れ、
ハンドリングもすばらしかったと言われています。

これが小型車の標準になっていたら
なんて夢想しますが、
整備はどう考えても
大変そうですから
そうはならなかったような気もします。

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カーライフ小話7 現代ースーパーカー群像

こんにちは

最近友人のスーパーカーの嫁ぎ先の選定
についてちょっとしたお手伝いをしております。

某オークションサイトや、
中古車サイトなどの値段をチェックしても、
価格は「応談」だったりして、
相場観はあってなきが如し
と言う感じです。

車に関しては、かなりのお尋ねをいただき
長くお電話でお話させていただいた方も
いらっしゃいました。
その方に伺ったところでは、
昨今の新興国でのこの種の車への需要は
一段落したようで以前のような高値での取引は難しく
なりつつあるようですね。

確かに1000万というような価格は
よほどヒストリーがしっかりしていて、
オリジナル性が保たれた固体
でないと、そのような値段には
ならないようです。

まあ、言ってみれば、「昔に戻った」
のでしょうね。われわれ車好きにとっては
ありがたい話です。

話はかわりますが
先日1990年代のゲンロクという雑誌の
古本を入手いたしまして
ちょろっと眺めてみました。

まず表紙。

気恥ずかしくなるようなグラビアギャルが
表紙でセクシーなポーズを取っておりまして。
私のようなおっさんにはちょいと
恥ずかしい。(笑)
さっさと本を開きましょう。
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この当時の自動車雑誌は
広告が豊富ですねえ。
こちらはあのアートコーポレーションの広告
すごい。タワーにスーパーカーが納まってます。
(改装中みたいですが今でもあるようですね)
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とくに中古車、または新車の
広告が出てきています。
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お値段はこんな感じだったのですね。
F40の新車が6500万円
288GTOが4800万(新車並行)
512TR新車が2750万
テスタロッサ88 1600万
テスタロッサ86 1380万(中古)

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時は1992年
このころ1991年の暮れに24000円ほどだった日経平均は
あれよあれよいうまの下落を続け、8月には15000円を
割り込んでしまいます。

1989年の大納会で39000円近くをつけてますから
半額以下ですね。
1989年から3年、いつかは回復すると思われていた
株価は、回復しないということが明らかに
なってきたころでしょう。

車もそうでしたよね。

F40が2億円、
テスタロッサが5000万円。

そんなにするわけないのですが、
バブルと言う魔物は、それらを正当なもの
と思わせるわけです。

そのころに比べると
大分まともな値付けな気がしますが
ここまでくるには死屍累々でしょうね。

翻って現代
テスタロッサいまだに1000万円台という強気の価格を
掲げているところもありますね

これを見て、

1992年代に1380万で
いまでも1000万で売れるんなら

「相当お買い得」

と思われるでしょうか。

もちろん、その間車を持って楽しむ
所有価値を満喫すれば
たった380万の減価は
取るに足らないかもしれませんね。

しかし。私
今回お手伝いをするにあたり
多くの整備内容の明細を
見させていただきました。

その額は半端なものではありませんでした。

やはり、この種の車を維持して
所有価値を満足させることはは
生半可な情熱ではできない
ことだと思います。

フェラーリは結局値落ちしないから
お得という話をよく耳にしますけど。

それは、「高値掴みしていない」
ということと、「オーナーがー情熱を持って
その価値を維持する」という二つの
条件がなければ、成り立たない
ことだと思うのです。

カーライフ小話5 メルデデスベンツの首位に思う

こんにちは

久々の小話(笑)
日本自動車輸入組合が発表したところによりますと
2015年の輸入車販売台数は
ついに、メルセデス・ベンツが首位に
なったとのことです。

もちろん常勝フォルクスワーゲンが
自滅したということもありますが

メルセデス・ベンツにとっては
悲願だったことでしょうね。

さて、個人的な話で恐縮ですが、
最近94年式のメルセデスベンツC250 ディーゼルを
売り払い、

親族のために同、02年式A160エレガンス(笑)を購入
いたしました。

C250はおおよそ9万キロ、A160は多少眉唾ですが
3.4万キロ。

理由はあの悪法の重量税や自動車税の古い車への重負荷。

久々に乗ってみたC250ディーゼル。
ちょっと寒い時期の始動はどうも
苦手のようですが、いっぺんかかってしまえば
ディーゼルにしては、軽快なエンジン音で
アイドリングします。
それはそうです。このエンジンはベンツ伝統の
直列5気筒エンジン。

なんとヘッドはDOHCですかんね。
へたな4気筒ガソリンより静かです。

しかし、壊れているのかと思うほど重い
アクセルペダルを踏み込んでの加速は

かなり眠いです。(笑)
最高出力は115馬力ですが
車両重量は1.5トンほどございますので
なかなか俊敏というかんじではありません。

一方のA160
発売当初はベンツ初のFF、しかも
ベンツとは思えぬモノスペース的デザイン。
そして、安全性のためと宣伝された
サンドイッチ2階建てフロア。

本来は燃料電池か、バッテリーが
入るはずだったスペースですががらんどうです。

まあ、しかしこの小さいエンジンルームに
良くぞ、5段オートマをぶち込んだものと
感心します。コンパクト化のために
通常の遊星歯車式のオートマではなく
普通の並行歯車のミッションとなっているそうです。
(ホンダマチック方式)
それから、安全装置ね。
ピラーから、サイドから、エアバックてんこ盛り。

一応エレガンスだから、ウッドパネル(本物)
がおごられており、

C250の
「一応ウッドパネルだ文句あっか。」
「シートは汚れんように黒一色にしといた。
(乗り心地は最高だから)文句あっか。」

的なインテリアセンスから、

ラテン車のような華やかな色使い
とまではもうしませんが、

なかなかユーザーフレンドリーな雰囲気です。

ただね。

走り続けていると解るんですね。

この2台、大きさは違うし、形も違いますが、
1つだけ共通点がございます。

それは

メルセデスベンツのもっとも安いレンジを
受け持っていたということです。

C250は新車で450万。
A160はせいぜい260万。

200万ぐらい違うんですよね。

特に差が歴然なのはオートマと走りの滑らかさ。

A160もそんなに悪くはない。
私の足のゴルフよりはオートマ良いと思いました。
5段なんで賢く変速。

C250はですね。
1から2だけはやれているのか
バキューンと変速するんですが、

それ以降はほんとに
ビシ、ビシって
瞬間変速なんです。

これ、現代の電子制御ATじゃなくて
機械式なんですね。

メルセデスベンツはオートマにこだわるメーカーで
かつてはすべて機械式ATを自製しておりました
(今でもやってると思いますが)

いまや電子制御ATが花盛りですが、
これは、ようするに、
変速するとき、エンジンのパワー絞って、
ミッションの容量足りなくても
何とかしちまって、
ショックを減らすという方法。
パワフルな車でも安物のATでなんとかなります。

機械式は、機械を余裕もって
作っておいて、シフトショックに
耐性を持たせるという考え。

残念ながら、金がかかるのは
機械式。しかもでかく重たくなるという。
ベンツですらやめちまいました。

それでも、このころのメルセデスベンツの
オートマは、他に変わるものがないのです。

あと、まっすぐ走っていくときの
レールの上をだーっとすべる様な走りですね。

加速は眠いC250ですが、
いったんスピードに乗れば結構な速度で走ります。

このときの滑らかさは、
ちょっと他の車にはありませんね。

猫足といわれたジャガーのセダンも
こんな感じではなかったと思います。

おそらく、「走る」部分に関わる部品の
精度が高いんでしょうね。

これが、当時の一番安いモデル。

残念ながらA160にはそういう
鬼のような品質感はないですね。

メルセデスベンツの1位を耳にして

もうこういう機械は出てこないのかも
しれないと感慨にふけっておりました。

Oder Beste oder nichts

Sクラスは違うんでしょうけど(笑)
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カーライフ小話4 スーパーカーハウス

こんにちは

私事ですが、FBのお友達数がついに1000人になりました。
いろいろな方とお知り合いになれてSNSは面白いですね。

ところで、
昨日の日本テレビ 「シューイチ」で面白シェアハウスの
特集やってましたね。

私がいちばんひきつけられたのはやっぱり
「スーパーカーハウス」ですね。


2Fは普通のシェアハウスのようですが、
1Fにはフェラーリ、ランボ、マセラティーとスーパーカーがずらり。

住んでる方々は、スーパーカーがそばにいる
と言うだけで満足と語ってましたね。

しかもレンタカーで借りることも出来るとか。
(入居者は料金割引)

こりゃえーわと私も思いました。

シェアハウスの下のスーパーカーは
ショールームにおいてあるとのことで
こちらはスーパーカーの販売店になっているようですね。

なるほどと関心しました。

実は私もちょっと考えたことがあります。

スーパーカーハウスじゃなくてですね。

名前も決めていたんですよ

「ポルシェアハウス」(笑)

ポルシェ2台ぐらい置いてね、
(1台911でもう一台は944とか928とか)

入居者さんが使いたいときは
「使っていいよ」としてですね。

下はガレージみたいになっていて
ちょっとした車いじりも可能。

車好きの人が夜な夜な集まって
ガレージでパーティーできるとか。

こういう家主業だったらどんなにめんどくさくても
やれるかなと思っていたんですが。

下が販売店ってのは考えなかったな。

ただね、今は景気が良いですから
スーパーカーもそこそこ売れるでしょうが、
景気が悪化すればちょっとどうか
とも思うんです。

私もポルシェアハウスいつかやってみたい
ですけど。

これだけポルシェ高騰すると難しいかな。

944と928しか置いてないと、ちょっと受けが
悪いかも。
ボクスターと、996なら有りかな。

等と夢想するのですが、なかなか
実現は難しいかもしれませんね。

スーパーカーハウス。
ちょっと夢を思い出させてくれました。

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【出展 東京シェアハウス.COM https://tokyosharehouse.com】

カーライフ小話③タイヤの賞味期限

久々のカーライフ小話
タイヤの話です。

わたくしは、車ってのは新車で購入したことは一回しかなくて
人生のほとんどが中古車なもんで、
新品のタイヤがついてきたことは、
新車で買った一回きり、ローバーMGFについてた
ダンロップイーグルツーリングだけです。

ですんでね、タイヤの件はいつも車を買うと
付きまとうなやみどころ。

タイヤってのは、使用限界というのと
賞味期限ってのがあるんですよね。

使用限界ってのはもちろんあのスリップサインの
話でして、これが出るまでやっちゃったらアブネーですよ。

最近特にね、ゲリラ豪雨なんかあるじゃないですか。

あんなんで、ちょっとわだちに入っちゃったら、
新しいタイヤでもハイドロプレーニング起こしますから

溝がちびたタイヤなら、さてどうなるかと言う話。

安全は金には替えられないですよ。

ついでに言うと、ゴムタイヤってのは、
厳然たる、賞味期限ってのもありまして、

タイヤってのは車の技術の中でももっとも
ローテクで、昔ながらのものなんですね。

他の素材分野に比べて進歩が少ない。

その分替えると大きな差に驚くわけですが、

タイヤの進歩を支える一つがゴムに加える
添加剤。

この添加剤が曲者で、添加してしばらくは
ゴムの柔軟性を保ったり、耐候性を高めたり
しているわけですが、

所詮は添加しているもので、ゴムの本来の特性では
ないわけですから、いつか薬の効き目は切れると。

そういうわけで、賞味期限はあるわけです。

メーカーでもいろいろ言ってますけど

おそらく製造して5年ぐらいが賞味期限なんでは
ないでしょうか。

もちろん、日の当たらない場所で使わず
大事に保管していれば多少違うと思いますが

それにしたって10年も経過していれば
問題でしょう。

その際タイヤの製造年月日を確認することが大事でして、
画像のような方法で製造年月日を確認することが
できます。

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出展タイヤリペアキット チューブレスサイト

店頭ではなくてウェブで購入するとき等は
メーカー直送で、製造年を指定することはできない
場合もありますが、

在庫品を購入するにしても、
2年落ちぐらいを目安に購入されるのを
お勧めします。

タイヤもウェブですとかなり安いです。
中古車についているタイヤがどんなに
ブランド品でも、
新しいタイヤにはかなわないですよ。
ちょっと安くてもとっとと交換
いたしましょう。