スーパーカー列伝84 オートザム AZ-1
ご無沙汰しております。
みなさん連休はいかがお過ごしでしたでしょうか
私は、長期の休みを取り、市役所に行って
臨時運行許可書(仮ナンですね)取得で、
職員と悶着するなど、有意義に過ごしておりました。(笑)
さて、本日は日本の誇るスモールスーパーカー
いまでこそ、すっかりクリーンディーゼルと、
おしゃれな内装、スタイリングで、国産プレミアムカーの
地位を確保したように見えるマツダですが
バブルのころはマツダの名前を消してしまえとばかり
前代未聞の5チャンネル体制を
構築しようとするわけです。
オートザムも、このひとつとして立ち上げたブランドです。
オートザムは、「あなたの身近なカーショップ」をコンセプトに
主として、中古車販売店、自動車整備工場などに
新車ディーラーシップを与えるという手法で
系列店を構築していきました。
スズキとのジョイントベンチャーによる
スズキ製エンジン、マツダ製車体による
軽自動車(キャロル)を主としながら、
なぜか、高級車路線として、
ランチア、フィアット、アウトビアンキ
シトロエンなども扱っておりました。
AZ-1は例によってスズキエンジン、
マツダ車体という分業体制で生み出されることになりました。
AZ-1のベースとなったのは
1989年コンセプトカーとして発表された
AZ550スポーツです。
これはなんと3種類のモデル(ABCタイプ)が発表され、
どれもエンジンをミドシップに横置きするモデル
だったのですが
Aタイプはリトラクタブルライトを備えるAZ-1に一番近い形
Bタイプは固定ライトのスパルタンなもでる(ドアは普通に開く)
CタイプはなんとグループCカーばりのデザインのレーシングカー
といういでたちででした。
Cタイプの反響が大きかったようですが、
結果的にもっとも現実的(とはいえかなり個性的ですが)
なAタイプをベースに、リトラクタブルライトを丸型の
格納式に、エンジンは新軽規格の660CC
スズキ製のF6A3気筒DOHCターボを搭載
したものがAZ-1といってもいいでしょう。
さすがに5チャンネル体制で、新型車の開発で
忙しかったマツダは、ボディーの製造は
関連会社に任せますが、なんと
スケルトンモノコックという、外板が一切
応力を受けないという、少量生産のスーパーカー
のような構造を持っていました。
これにより、AZ-1は外板を着せ替えることが
できるのですが、おそらく、その後、さまざまな
バリエーションを生むための布石だったのかも
しれませんね。
自慢のガルウイングは、強固な剛性を得るために
高いサイドシルを確保するための必然だった
とのことですが、このサイドシルのせいで
乗り降りはなかなか困難だったようです。
また、深いサイドシルは、低い車高に
よるところも大きかったようで
運転席から片手を伸ばせば、
タバコが消せるといわれました。
また超クイックなハンドリングも特徴で
ロックトゥロックがわずか
2.2回転というステアリングを備え
ジムカーナーでは相当な実力を
発揮しました。
一方で、ミドシップとはいえ、FF用ユニットを
流用した横置きレイアウトは、ミドシップより
リアエンジンに近く、
リヤサスペンションのアーム長があまり
長く取れなかった所為なのか
キャンバー変化が大きく、
トリッキーなハンドリングを見せ
横転することもあったようです。
AZ-1にはさまざまなバリエーションがあり
マツダスピードバージョン
関連会社がエアロパーツを仮想した
M2 1015
そして他社がボディーパーツとセットで
販売した
スコルピオーネというモデルもありました。
これは、ピニンファリナに関係する人物がデザイン
したという説があります。
これだけ個性的なAZ-1ではありましたが
軽自動車スポーツABC(AZ-1、ビート、カプチーノ)
のなかではもっとも売れない車でした。
最後発で、登場が1992年ということもあり
バブルの崩壊に直面してしまったこと、
乗用車として使うにはあまりに
用途を割り切ったようなトリッキーな
ハンドリング等、原因はいろいろ言われております。
結局のところ、5チャンネル化のため
やたらめったら車をつくって煮詰め
が甘かったのではないでしょうか。
前にも申し上げましたが、当時のマツダは、どこぞのコンサルタント
に吹き込まれたのかわかりませんが、
自分のところの車が売れないのは「マツダ」
というブランドネームのせいだと思っていました。
でも良く考えてみてください。
このオートザムのあまり売れそうにないラインナップの中で
一人屋台骨を支えていたのはほかならぬ
「キャロル」でした。
キャロルってのは昔のマツダの車の名前です。
要は名前がどうこうでなくて車が良ければいいんですよ。
現在のマツダの隆盛を見るにつけ
オートザムとAZ-1のストーリーは
そんなことを示唆しているような気が
してならないのです。
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