スーパーカー列伝51 フィルッチオ・ランボルギーニ
こんにちは
車じゃねーじゃねーかとの突っ込みが
聞こえてきそうですが。
たまにはいいでしょう(笑)
ランボルギーニはなぜランボルギーニ
を作ったのか?
よく語られる話です。
ランボルギーニは
ボローニャの裕福な農家の息子でした
しかし、農業に興味はなく
子供のころから機械が大好きで、
工科大学へすすみます。
第二次大戦には整備兵として
従軍したそうです。
戦後は持ち前の技術をいかして
車のチューニングなども
手がけていたようですが、
それはあくまで趣味。
トラクターとエアコンを製造する
ランボルギーニトラットリーチ社を設立
財をなします。
ランボルギーニは戦後財をなした
いわゆる戦後成金のひとりだった
わけですね。
そして車好きなランボルギーニは
ご多分にもれず
フェラーリを購入するのです。
しかし当時のフェラーリは
あんまり品質は高くなかった。
そんもそもロードカー商売は
そんなに本気でやってなかった
ということもありますが、
ランボルギーニは
エンゾに文句をつけにいったけど
鼻であしらわれ、
その悔しさから見返してやると
いうことで、ランボルギーニを
興したってのがスーパーカーブームの
ころの通説でした。
私はこの説は「ある程度正しいけど
ちょっと違う」と思っています。
最近の研究では、
ランボルギーニがクラッチを
フェラーリに頼んだところ、
自分とこのトラクターに使われている
のとまったく同じ部品が届き、
(ボルグ&ベック(現在のボルグワーナー)
製のクラッチだったちゅう話です)
なんと価格が
10倍だったそうで。(笑)
もともと、チューニングなんかして
車が大好きだったということに加え
こんなにぼろもうけができるのか
というビジネスマン的感覚。
それともうひとつ、
49で指摘しましたように、
エンゾに嫌われて不満を持っていた
エンジニアたち。
この辺の要素が絡み合い、
アウトモビリ・ランボルギーニを興したのでは
ないかと考えております。
さて、ランボルギーニは
なんと本業のトラクター部門が
ボリビアの内戦がらみで
多大な注文キャンセルを抱え
ピンチに陥った際自動車部門の株を
手放し、その後のオイルショックで
すべての株を売却し経営から身を
引きました。
晩年は自分の土地でブドウづくりを
してワインを醸造するなど
悠々自適の日々だったようです。
そのフェルッチオのお気に入りは
ランボルギーニ・ハラマだったようです。
ハラマはいまいちマイナーなランボルギーニですが
ショートホイルベースのこの車の
操縦性のよさがいたく気にいっていた
そうですよ。
写真にも一緒に写っていますね。
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