スーパーカー列伝71 BMWZ1
こんにちは
本日はBMWがショーカーを量産してしまった話。
Z1はBMWの一連のオープンツーシーターの
初っ端を飾るモデルではあったのですが
実は、新技術を満載したショーカーとしての
意味合いが強いものでした。
BMWは
それまで長々と引っ張ってきた、
BMW伝統のセミトレーリングアーム式のリアサスペンション
これを新たにZアクスルと称する
マルチリンクサスペンションに切替えよう
と思っていました。
それが証拠に、当時の3シリーズ
E30はセミトレ
E36はマルチリンクのリアサスを採用しています。
またボディーは連続亜鉛・シーム溶接、複合材製アンダー
トレー型床構造という特殊なもので、
ボディーパネルは熱可塑性を持つプラスチック。
ボディーパネルは一切応力を受け持たないため
ボディーパネルをすべて外した状態でも
走行することができました。
なんとこのような特性を生かし、
BMWはオーナーに色違いの予備のボディーパネルを
購入することを推奨していたそうです。
またこのボディー構造により、一般の車
よりサイドシルが高くなったため、
画期的なドアを採用します。
なんと上下に昇降するのです。
しかもドアを下げたまま走行することも
法的に認められていました。
さて、BMWはショーカーのつもりだった
Z1をなぜ生産する決定をしたのでしょうか。
BMWは1986年にこのモデルをマスコミに公表。
そして1987年のフランクフルトモーターショーに
発表するや否や、
多くファンから実際に販売することを
求められなんと3500台の注文を受けて
しまったといいます。
その後も生産を求める声は高まり、
生産を開始する前になんと
35000台の注文をうけていたとのこと。
Z1は大人気だったのですね。
しかし、実際に生産を開始してみますと
ショーカーならではのいろいろな問題が
発生してきます。
まず、エアコンが付かない。
ショーカーであるためにインパネが
小さく、エアコンと、ヒーターの
両方を入れることができなかった
そうです。
一部にBMWの別の車両のエアコン機構
を流用してエアコンをつけたものがある
そうですが、その場合は暖房の機構は
取り除かれました。
また、特殊なボディーは
生産性が低く、
日産10台から30台がやっとだったと
言われています。
結局35000台ものバックオーダーを
抱えていたZ1も
最終的には8000台を生産するに
とどまりました。
その理由は値段が高かったこと、
(新車で83000マルクから89000マルク
90年ごろの円マルクレートは1マルク90円程度)
メルセデスベンツから競合となる
SLKが販売されたこと
オーダーのかなりの部分が
値上がりを見込んだ投機目的だったこと
等々挙げられますが、
結局のところ、ショーカーを
量産すること自体が無理な判断
だったのではないかと思われます。
しかしながら
この車のデザイナーのハーム・ラガーイ(本日も登場)
は、Z1の生産がBMWのディスチャージランプ、格納式ロールバー、
ドア開閉機構やアンダートレー型床構造の特許技術を生み出す
役に立ったと述べたそうです。
残念ながら日本には正規輸入されず
アルピナ版の「アルピナロードスター リミテッドエディション」
は正規輸入されたそうです。
わたくしはこの車
見たことも乗ったこともありませんが
ドアを下げて走る開放感は
いかなるオープンカーにも劣らぬ
開放感だそうですね。
エンジンは普通の3シリーズから流用の
2.5直6ですが、こいつをマニュアルで
操るのはなかなか楽しそうです。
見た目的には、ちょっと不気味な
テーストでもありますが、
将来稀少車として注目される
可能性大ではないでしょうか。
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